みんなブタゴリラの家みたいになれば良いのではないか

ドラえもんを見ていてふと気づいたんだけれど、世の中が皆ジャイアンの家みたいな自営業になれば、今日本が抱えている問題の大部分が解決するような気がする。

結局のところ大企業主義・資本主義・金融市場…などが世の中をメチャクチャにしてチグハグなものにしているのではないか…?

考えてみれば人類はずっと集団で農業や狩猟をおこなってきた。
その後文明社会になった後も農家やパン屋さんや鍛冶屋さん…などといった自営業を営んだりして暮らしてきた。

最近やたらと一億総活躍がどうとか、女性が輝くナントカとか人生100年構想とか働くママとか…色々言われておりますが、働いてない人(作業していない人)がいる時代の方が人類史的には珍しいわけですよ。

キテレツ大百科八百屋.jpg
例えばキテレツ大百科のブタゴリラの家は自営業で八百屋さんだ。

父親は元気に働いていて子供とよく接している。
母親も元気に働いていて無理なく子育てをしている。
子供であるブタゴリラもハツラツとよくお店を手伝っている。

お店は地域社会に根付いていて、地域の人々と自然に交流している。

私の母の実家はずっと米農家で、祖母も祖父も皆農業をしていた。ちなみに祖父はなぜか婿養子。
祖母は農業や畑仕事をしながら5人も子供を産んで無理なく育てた。(大変だっただろうけど)
近所には親戚も住んでいて皆で助け合いながら暮らしていた…。

まぁこれは結局悪名高い「ムラ社会」に繋がってしまうんだろうけど、ムラ社会のじめじめした部分じゃなくて良い部分を現代社会に昇華できればいいのに…と思うことがある。
(そんな都合よくいかないのが人間の性だけどな……)

あとやっぱり毎度ながら思うのが、母系集団を基軸とした国づくりをした方が良い気がするんだよね…。
「嫁取り婚」はどうもシステムとして根本的に間違ってる感じがする。「通い婚」とかが良いんじゃないのかね。
母系集団を支柱にした流動性のある無理のない男女関係ってのが人類として自然?なシステムのような気がする(…と私は勝手にそう思っている)。

結局のところ、国が縦軸で人間を管理しやすくするためにどんどん封建主義が進んでしまったのではなかろうか。

その後は大企業主義・資本主義になり…やっぱりこれがいけないんじゃないのか。

資本主義が悪いんや。アメリカが悪いんや。
ニートもある意味、西洋式大企業主義的資本主義の産物や。

例えば「ちょっと店番お願い」とか「ちょっと子供のお守りしてて」「ちょっとまき割り手伝って」とかならニートにだってできる。
大企業主義及び“過剰反応社会”だと、働くことや何か作業をして世の中と接することのハードルがすごく高く感じる。

働くハードルが低くてもっと「テキトー」が許される世の中なら、ニートや回避性型の性格の人間も世の中を今ほど怖がらずに済んだかもしれない。

…と、自分の境遇を社会のせいにするニートなのであった。

なんだか話がまとまらなかったな。

それにしても改めて考えてみると「ブタゴリラ」ってすげぇあだ名だな。ほぼイジメじゃん。笑。

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