安楽死という社会保障が必要なのでは

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(↑昔ネットで拾った画像。どこかの工場の内部写真らしい。なんだかあの世への扉みたいでなぜか気に入っている…。)

安楽死施設ができたらどのくらいの人が殺到するのだろうか?と想像することがある。
一種の思考実験というかなんというか…妄想である。

ある日、日本で安楽死が合法化されるとする。

日本で各都道府県に一か所ずつくらい安楽死施設が設置され、誰でも利用可能ということにしておく。

実際に、万が一安楽死が合法化されたとしても「末期がん患者や80歳以上の老人に限る」といったような厳しい審査と制約が設けられるだろうけれど、
もしも「一切の制約がなく、希望する物全員が安楽死することが許される世の中」になったとしたら、どうなるのだろうか…。

いじめられている小学生・生活苦の母子家庭・希死念慮に憑りつかれた若者・借金苦・病苦・貧乏人・社畜奴隷・介護疲れ・老人……などが殺到するのだろうか?

もしそれらすべての安楽死が許され、実行されたとしたら、果たして一日にどれくらいの人数の人間が死ぬのだろうか。

スゴイ数になりそうだな、と思うのは私だけではあるまい…。

もちろんこんなことは荒唐無稽の妄想だけれど、もし実行されれば、おそらく絶対にたくさんの人間が死んでゆくと思う。
今の世の中「死ねないから仕方なく生きてる」という人は多いだろうなぁ。私もだけど。

でも冗談抜きで安楽死を法整備した方がいいんじゃないかとすら思う。
ニートだろうと非正規だろうと正社員だろうと、なにか些細なことがきっかけで、貧困に真っ逆さまに落ちてしまう世の中だ。

とにかく老後は悲惨だろうな。
「老後は心配しないでください。望めばサクッと死ねますよ」という保障があれば、もしかしたら気楽に明るく暮らしていけるかもしれない。
ケチケチせずお金をたくさん楽しく消費しようとする人が出てくるかもしれない。

私はいつでも死ねるように、自室にぶら下がり健康器と首をくくる紐と踏み台を用意している。
これは結局自分で「安楽死施設という保障」を作り出しているようなもんだ。
この「逃げ道」があるから、まだ死なずに済んでいる。

『完全自殺マニュアル』の著者も「この本が心の支えになれば」みたいな気持ちで出版したらしい。

本気で「安楽死」というセーフティーネットを作った方が良いんじゃないのか………。

そんなことをボーーっと考えてたら1時間くらいたってたわ。

話は変わるけれど、最近はお向かいのゲーマー野郎が静かなのでとても快適だ。ご近所から苦情でもいったかな?だと良いんだけど。

それにしても最近世の中の風景がどんどん変わってゆく。
オリンピックのせいなのか知らんけど再開発とか立て直しとかが多い気がする。

街中にかすかに残っていた昭和のかほりも壊されていく。
そりゃ古い建物をいつまでも残しておいたら危険だからしょうがないのかもしれないけれど。

ボーっとしている間にただただ時が流れてゆく。

まさに路傍の木乃伊。(←すっかりお気に入りのワードになった)

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