「血中恋愛濃度5%未満のワタクシ」

本棚をガサガサしてたら、大学生のときにブックオフで購入した漫画家・楠本まき氏の『耽美生活百科』(2000年発行)が出てきた。

若い頃は楠本まき氏の漫画が好きで、よく読んでいた。
私より一世代上の人がちょうど世代かなと思う。昔から古い漫画や一世代前の漫画が好きだった。

代表作『KISS××××』(1988年連載)を最初手にしたときは「は?」と思ったけれど、読んでゆくうちに徐々に独特な世界に引き込まれて、とても好きになった。
一昔前のバンドマンなんかにも楠本まき愛好家が居るようだ。

この『耽美生活百科』は、作者の好きなものとか好きなこととか、日常のアレコレなどをまとめたエッセイ漫画で、楠本まき好きなら楽しめる一冊だと思う。
細かい文字であれやこれやとびっしり綴られている。

懐かしいので改めて読んでみた。
20歳そこそこのときに読むのと、今現在読むのとではまた違った視点で読める。

思い出したのが、この「恋愛」について書かれているページを読んだときのこと。
大学生のときの私は、とにかく「恋愛至上主義」「彼氏がいて当たり前」「20歳すぎて処女なんておかしい」みたいな世間の風潮に押し潰されそうになっていた。(今考えると、自分で勝手に思い込んで自分を追い詰めてたように思うけど)

そんなときにこのページを読んで、スカッとしたのを覚えている。

楠本まき耽美生活百科.JPG
まき氏「ねえねえ、私すっごいことに気付いたんだけど、きいてくれる?」
129氏「いーよー」
まき氏「よくさー“自分に欠けたものを相手に求めて愛が生まれる”と、いうじゃない」
129氏「はいはいプラトンね」
まき氏「私さあこの頃…【欠けてないんじゃないの?】…って思うんだよねー。つまり私1コで完全体。○(←球)ってカンジ?」
129氏「・・・・・・・」
まき氏「きっとそういう人間もたまにいてさー、そういう人間にはレンアイとかいらないよーにできてんじゃないかしら。ひとりで完結しちゃってるから。そんで、それ、ワタシなんじゃない?」
129氏「うん…そうかもね。でもお互い○と○でさー、一緒にいたら、∞(ムゲンダイ)になるっていうのがよいのでは?」
まき氏「さすが!!うまい!!」


プラトン云々言っているのは、楠本まき氏はお茶の水の哲学科を中退してるので、哲学が好き(?)なようで、哲学的雰囲気が作品のなかにもよく出てくる。
私も一応哲学科出身なので(お茶の水ではない)、プラトンの『饗宴』は必修科目で読まされたけど、たしかに「欠けたものを求めるからそこにエロス(愛)が生まれる…云々」とかなんとか書いてあった気がする。(うろおぼえ)

さらに、次のページでバッサリこう言い切ってくれていて、私は勇気をもらった。

楠本まき耽美生活百科-2.JPG
よくマンガやテレビなんかで「つまらないプライドのせいで、あのヒトを失ってしまった…」なんてセリフをみかけて、
血中恋愛濃度5%未満のワタクシなんかは「ほーそーかー。シャーワセなレンアイのためにはプライドすてるのがたいせつなんだー」なんて、思わず勉強しそーになっちゃうけど、考えたら私にはムリだ。考えなくてもムリだ。
『あのヒト』ごときよりか『ワタクシのプライド』の方が大事だと脊髄で判断くだしちゃうもーん。
(というより、プライドを捨てなきゃ保てないようなレンアイなんて、そのありかた自体がもうすでにイヤ。)


(↓さらに次のページの冒頭)
大切なことの優先順位ってのはひとそれぞれだと思うけど、なぜか、こと恋愛に関してはおしなべて別枠にいれがちな気がするんだよね。他のことでうまくいかなくても、恋愛さえこなしておけば、一応充実した生活だというかのごとき幻想があるのかな。

当時、色々と思い悩んでいたときに、好きな漫画家がバッサリと切り捨ててくれたおかげで「あぁ、別に恋愛できなくても大丈夫なんだ」と、安堵した。

楠本まき氏は1967年生まれで、このエッセイを書いた年は1999年だそうなので、32歳くらいのときにこの内容を書いたことになる。
その後ずっと同じスタンスをとり続けたのかどうなのかは知らないけれど、とにかく当時の私はこの発言に勇気をもらったのだった。

ちなみに、楠本氏は別に恋愛を否定しているわけではないので悪しからず。(だってラブストーリーみたいなの描いてるしね…まぁ、ラブストーリーと言っていいのかどうかわからんけど)

大学1年のときバイト先のパン屋の男性社員に「シスイさんはぁ、もっと恋愛したほうが良いと思うよ」なんて言われたこともあって、本当に「恋愛」というものをどうしたらよいのかわからず、ずっとショックだった。

したくても仕方がわからないし、できないし、めんどくさいし、自分の中の女の部分を肯定できないし、楠本氏のいうとおりプライドや自分の世界を一番大切にしてきたし、その結果こんな性格になっちゃってどうしようもないことも当時から自覚していた。

できるやつはできるだろうけど、できないやつもたくさんいる。

だいたい日本人なんて、結婚や子孫繁栄の義務という重大な圧力をかけられて、それを夜這いと見合いで遂行してきたわけで、恋愛に向いてる民族とは思えない。

私は自分の世界が何より大事だった。
今までもそうだったし、これからもずっとそんなんだろうと思う。

自分の世界を抱きしめたまま孤独と心中するスタイル。(かっこつけるな!永遠の中二病め!!)

中二病と腐女子は拗らせると一生治らんぞ。マジで。

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この記事へのコメント

  • のとぴ

    性懲りもなくコメントさせて頂きます。当記事を読んで思い出したのですが、作家の姫野カオルコさんは、恋愛には興味があったけどモテなかったので、知人に500円を払って「頼むからキスしてくださいまし」と頼み込んでキスしてもらったらしいです。

    エッセイを執筆した当時の姫野さんは、30代後半で処女だったそうですが、今はどうなんでしょうね(調べたら、今年で60歳になるそうです)。あまり気になりません。

    そういえば、『げんしけん』という漫画の中に、「オタクというのはなろうと思ってなるものではなく、気がついたらそうなっていたというものである」というセリフがあるのですが、これは何事にも当てはまると思います。

    恋愛の場合、「恋愛しよう」と決意しなければいけない時点で適正がないのかなと愚行する次第です(我が身を顧みながら)。室生犀星ではありませんが、「恋愛は遠きにありて思ふもの」でございます。それでは失礼致します。
    2018年06月14日 01:54
  • おこむし

    こんばんは。

    楠本まき氏は未読ですが、少し分かる気がします。
    "欠けていない"と言うには欠けまくっていますが(笑)、"足りてる"と感じる事があります。

    私は一人暮らしで彼女なし、友達も少ないのですが、寂しいと感じる事が滅多にありませんし、恋人友人を無理に作りたいとも思いません。

    私も(不安や苦痛も含めて)自分の世界が何より大切ですが、寂しくないのはそのせいかも知れない。良く言えば自分の世界や意見があり、悪く言えば自分で手一杯で他者まで神経が回らない。

    他者を好きになる時は好きになりますし、恋愛を否定しませんが、恋愛しなきゃダメ!みたいなのは勘弁ですね。
    ただ現代は未だ結婚恋愛圧力があるとは言え、昔に比べれば多様な生き方が認められるようにはなってきたかな、とは思います。

    思ったより長文になりました(笑)
    2018年06月14日 01:57
  • グレープフルーツ

    こんにちは。
    そのパン屋の男性社員おかしいですよ(`Δ´)
    シスイさんショック受ける必要ありませんからね!
    恋愛をすることは目的であってはいけないものです。
    好きな人を思い続けることが目的であり
    その結果として恋愛に発展するだけです。
    好きな人もいないのに恋愛をする方法なんてないです。
    恋愛を過剰に求める人は
    好きな人がほしいんじゃなくて
    好きになってくれる人がほしいのかもしれませんね。
    好きになってくれた人の中から
    好きになれそうな人を選んで恋愛したいだけかな?
    その社員はシスイさんが好きだったのかもしれませんよ(笑)
    2018年06月14日 16:02
  • シスイ

    のとぴ様>
    >モテなかったので、知人に500円を払って「頼むからキスしてくださいまし」と頼み込んでキスしてもらったらしいです。

    思わず笑ってしまいました。いや、ご本人の気持ちは痛いほどよくわかるので笑い事ではありませんが…。
    私が過去にトチ狂ってヌードモデルのバイトをしたときの心理と少し似ているかもしれません。
    異性に裸体を見てもらうことで精神的なコンプレックスを少しでも払拭したかったのかもしれない…なんてことを今しみじみと思います。

    「なろうと思ってなるものではなく、自然となっている」というのもわかります。ただ、例外も多々あるかとは思いますが…。

    やはり結局のところ資質と言うか、環境によるものもあるかとは思いますが、恋愛ってのは万人ができるもんじゃないですね。

    ふと思い出しましたが、叶恭子さんもこんなことを仰っているようです。勇気づけられます。

    すべての人が求めているかのような、「恋愛」ですが、
    本当は、誰もがしなければならないもの、ではありません。
    その人にとって興味がなければ、一生しなくても、
    まったくかまわないのです。
    (叶恭子名言集より)
    2018年06月14日 18:25
  • シスイ

    おこむし様>
    わかります。私も色々と欠けまくっている人間ですが、一人で居ることが普通すぎて、それが当然の日常なんですよね。
    私の場合は「足りている」というより、レンアイとかとは無縁の生活スタイルが身に沁み込みすぎていて、それ以外考えられない、という感覚です。

    不安も苦痛も含めて自分の世界が大事、というスタンスもわかります。
    私は過去の痛々しい日記などをたまに読み返しますが、その痛々しささえも愛おしくなることがあります。ある意味すごいナルシストなんですよね。
    卑屈なくせにナルシスト…。

    私の場合は好きな人ができても、その先どうしたらいいのかわかりませんでしたね。笑。
    その後の発展のさせ方が皆目見当もつかなかった。

    最近は多様な生き方が認められつつありますね。
    恋愛の話ばっかりする人なんて、女でも減ってきているように感じます。
    2018年06月14日 18:32
  • シスイ

    グレープフルーツ様>
    ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです。

    たしかに、自然となるものなんでしょうね。なる人は。
    というか、そもそも「恋愛」という概念自体何なんだろうと思うことがあります。
    いつの時代、どんな国にも若い男女が恋い慕う気持ちとか、フィーリングの合う合わない…などはあるとは思いますが、
    オシャレな街をデートするとか、膝をついてプロポーズだとか指輪の授受だとかは、かなり近現代に確立された欧米型のライフスタイルの影響があるんじゃないのかな…なんて思ってしまいます。

    もっと自然体で居たいものですね。

    >その社員はシスイさんが好きだったのかもしれませんよ(笑)
    そっか~そーだったのかぁ…私ったら鈍感☆テヘペロ
    そういや私が辞めるときにこの男性社員は変な本をプレゼントしてくれました。アレは何だったんだろう…。
    2018年06月14日 18:58
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