計画的に死んでいったブロガーに思いを馳せる

読者のとある方とお会いした時に、おすすめされたブログがありまして…先日そのブログを一気に読んでみました。

泣いた。

もうほんと泣ける。

【気味が悪い、君】
http://bukimmiotoko.blog.fc2.com/

このブログ主さんは、アルバイトや職歴が色々ある人で、その後きちんと歯科技工士としての技術を身に着けて職人として頑張ろうと奮闘したけれど、結局就職先がブラック企業すぎるのと、根本的に人生に意味を見いだせず、虚無であり続け、計画的自殺を遂げた…という人のようです。

最後の記事…事実上の「遺書」ですが、何か本当に読んでいて胸が締め付けられました。
この方の場合も、やはり家庭環境が根本的な原因だと思います。
子供時代に無償の愛情を注がれなかったことが、人生に強く作用してしまった人のうちのひとりですよね。

最後の記事以外で、個人的になぜか特に印象に残った記事が、2012年10月1日のこの記事でした。


<それはまるでインベーダーゲームの様>
http://bukimmiotoko.blog.fc2.com/blog-entry-101.html

いつの頃からだろうか。
中学?いや小学生、もっと小さい頃からだろうか。
毎日をただひたすら乗り切ってる様に感じる様になったのは。
迫り来る出来事をただひたすらインベーダーゲームの様に必死で撃ち落とし、こなす様になったのは。
自分では能動的に動いているつもりが、いつの間にかインベーダーゲームに変わっている。
年が経つにつれ、難易度は増し、迫り来る敵の数も種類も計り知れない程。
敵がフォーメーション組んで瞬間移動しながらレーザー撃ってくる程。
もう対処出来そうに無いレベルに感じる時がある。
そして、そうまでしてクリアした後、得られるであろうものに俺は興味が無いという事に気付いてきた事が一番の問題であり、解決のしようが無い。



なんかもう胸が痛い。

計画的自殺ブログとしては「無への道程」さんも有名ですよね。このブログも大好きです。

これは何の根拠もない私の勝手なイメージなのですが、無への道程さんは生きているような気がするんですよね。

【無への道程】⇒生きてる可能性:死んでる可能性=5:5
【気味が悪い、君】⇒生きてる可能性:死んでる可能性=2:8

っていう雰囲気を感じる。なんとなくですけどね。
それにしてもふたりとも童貞か。そこも非常に興味深いです。(馬鹿にしてるわけでは無いよ)

結局のところ、働けばいいってもんじゃないんですよね。
脱ニートしたからってどうなるもんでもない。

私も虚無を引きずったままです。もうそれもまた人生なのかなと。

そうそう、ブログ村から「“元ニート”っていうカテゴリもありますけど、どうすか?」というようなご案内が来たので、なんとなくカテゴリを「元ニート」に変更してみました。
ニートじゃなくなったのにニートブログに居るのもね…上位だと目立つし。

でもニートブログに居る人たちのほとんどがニートじゃないよね。
まぁ、なんだっていいんですけど、なんとなく移動してみました。

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この記事へのコメント

  • マリリン

    「君が悪い、君」さんのブログ読みましたが何だか身につまされました。最後の1週間は北海道旅行に行ってますよね。北海道の有名な観光地にそれぞれ行ってますが特に旭山動物園は全国的に有名なので楽しかったと思います。冬は場合によっては-20℃になる時もありますからその時も結構寒かったのではと思います。食べ物はお寿司やジンギスカンは道外から来た人に聞いたら美味しいと言いますね。登別温泉も有名な所だし三日目に行った美馬牛は私の母親が昔、職場があった場所です。
    最後の思い出に北海道旅行を選んだのでしょうか。最後の記事は5年前ですか。本当に遺書のつもりで書いたんでしょうね。

    「無への道程」さんもそれぞの記事の冒頭が死まであと何日で始まるのが何とも… 最後は6年前で終わってますが同じく身につまされました。
    お二人共その後の消息は確かめようがないですが生前?はどちらも精一杯真面目に生きようと努力したと思います。恐らく人一倍その気持ちは強かったと思いますがついに力尽きてしまったんでしょうね。出来る事ならその後も元気に生きている事を願います。どうかそうであってほしい……
    2018年09月13日 03:15
  • 持たざる者

    全部を読んでないのであれですけど、真面目な人だなと思いました。社会と適合できないことに対して自覚しながらたんたんとしていますね。生きる意味とか考えてしまう人ですね。ああ、もうやるだけやったわ。という感じ。
    私的にはあんまり死んでいないような気もします。
    どうなんだろう。私は追い詰められて生きるか死ぬかを選択したタイプですけど、こういう...旅行に行こうという発想とか出たり、行ってからたんたんと死ねるのかなって。
    普通にいろいろ感動したりしてますし、どうなんだろう。
    私とは結構違うなあと。
    なんか、もっとふつーに友達がいて、好きな人がいてってそういうふうに動かないあたりがやっぱ自分の中での重要度が高いものが真面目だなと感じます。うーん、うまくまとめられないですよねえこういうの。
    まあ世の中の人があまり深刻に悩まないことに全力で悩むのはもう傾向ですけど
    このひと働けているのになあ。
    今みたいに人手不足の時代だったらなにかうまくいったような...
    そんなこともないですかね。
    なにかこう、自分に求めているものが自分にはなかった。
    このひとの場合は自分にないものを求めてしまった。なんだろうか。そういう悩み方で自殺しようとする人達もいますね。私もそういう気持ちはわからなくもないんですけど、それで自殺というのは考えたことないかも。気楽さは大事ですね。でもやっぱ誰か隣で「わかる~ほんまじんせいってクソ~」ってへらへら生きている人と繋がれてればそれだけで...なんて、簡単じゃないか。
    すごい長文になってしまった。失礼しました。
    2018年09月13日 09:58
  • キュー

    前の記事へのコメント、単に八月上旬の暑さを強調したつもりだったのですが・・・大変失礼いたしました。

    今回のお二人も生きていてほしいです。しかし、シスイさんの見立は鋭いな、と感じます。
    2018年09月13日 19:41
  • ムー

    こんばんわ。
    仕事は順調だが…しかし虚無…ですか…。う~ん…(´ε`;)
    なぜだか乗りたくもないベルトコンベアに乗ってしまったが故、どこに行き着くのかも、いつ終わりなのかも分からぬまま、毎日ただ流されて行くぅーーー、願わくば早々に降りたいのだが…って感じですかね…。

    「自己肯定感」コイツは本当に根深いですね。なかなかの野郎です。
    頭ではもう分かりきっているのに、長年染み付いた思い癖(認知の歪み)から抜け出すのは、そう簡単じゃないですね。仮に脱却出来たところで、その先にあるものなんか別にもうほしくないっていう、「気味が悪い、君」さんと同じ様な思考回路なっ(笑)
    子供の頃からずっと疲れてる人間にとっては、希望を持つこと、そちらに目を向けることさえも疲労感を伴うものだったりしますからね。

    「気味が悪い、君」読んだことあります。
    ただ、結末は知らなかったので、今回シスイさん経由で知り、実際の現状は知り得ませんが、衝撃を受けております。
    書きたいことは山程ありますが、ありすぎるのと辛すぎるのとで、それについては割愛することにします(笑)。

    さて、「無への道程」さん「気味が悪い、君」さんお二方とも○貞だったということで(この点はシスイさん同様、バカにするつもりは毛頭ございません。そんなこと人を図る基準にはなりませんので。)、大分前にTVで心理学者がお笑い芸人さんに向けて仰っていたことを思い出しました。
    「人間が生きていくには大義名分が必要で、それは自分の心の中に抽象的なものではダメで、自分の心の外側(自分以外の部分)に現実度の高いもの(例えば家族を持つなど)じゃないと、必ず死にたくなります」と話されていました。
    この話しには当時から納得しています。

    人間は結局のところ「必要とされること」が必要なんだろうと。
    「理解、共感、そして許容されること」が大事なんだと思います。
    これは「自己肯定感」というのとも繋がる話しだと思います。

    今日も長くなってしまった(´Д`ノ)ノごめんなさい(‐人‐)
    2018年09月14日 01:32
  • シスイ

    マリリン様>
    最後の北海道旅行がまた何とも言えない哀愁を漂わせていますよね。
    なぜ最後に北海道旅行を選んだのかは謎ですけど、楽しそうで良かったね…と、読んでいて感じます。

    仰る通り、お2人とも真面目に頑張っていたんだと思います。
    生きていてほしいと思う反面、生きていてもどうしようもないのなら、安らかにあの世へ旅立った方が幸せなのかもしれない…なんていう風にも思ってしまいました。

    それにしても、死後に残るブログってのも、妙な魅力がありますね。
    2018年09月14日 13:37
  • シスイ

    持たざる者様>
    たしかに「真面目な人だな」という印象を私も持ちました。

    >旅行に行こうという発想とか出たり、行ってからたんたんと死ねるのかなって
    これも私も同じことを思っています。
    実際、私は自殺未遂しましたけれど、自殺を決行する時というのは、心神喪失のヘロヘロ状態になっているわけで…逆に言うと、そういう状態になってないと自殺はなかなかできないんだと思います。
    私の場合は、遺書を書く文字もヘロヘロになってました。
    この方のように、あんなに淡々と文章を書いてブログにアップして、死ねるのだろうか…と疑問には思います。

    でもなんとなくこの方は亡くなった確率が高い気がします。すぐに死んでなくても、その後数ヶ月後とかに決行してそうな…。勝手な推測ですけどね。

    >気楽さは大事ですね。でもやっぱ誰か隣で「わかる~ほんまじんせいってクソ~」ってへらへら生きている人と繋がれてればそれだけで
    案外、こういうことが実際とても大切なんだと思います。
    誰か隣で笑ってくれてれば違っていたかもしれませんね。
    2018年09月14日 13:42
  • シスイ

    キュー様>
    そうでしたか。それは失礼いたしました。。
    たしかに、夏は暑いですもんね。バイトのバックレも多くなるのかもしれませんね。

    おふたりのその後はどうなんでしょうね。
    生きていても苦しいなら、それはそれで辛いでしょうし…。
    2018年09月14日 13:43
  • シスイ

    ムー様>
    そうですね…本当に虚無です。
    でも、若い学生バイトの人たちと会話するのはちょっと楽しいです。
    あまり先のことなどを考えず、その時その時だけを考えて生きるようにしないとダメだなと改めて思いました。
    先のことなんて考えたら真っ暗な虚無とボンヤリした不安しかないですもん。

    >子供の頃からずっと疲れてる人間にとっては、希望を持つこと、そちらに目を向けることさえも疲労感を伴うものだったりしますからね。
    この感覚、非常によくわかります。
    たとえプラスの事柄であっても、マイナスになるというか、疲れ果ててしまうんですよね。。

    たしかに「必要とされること」が非常に重要なんでしょうね。これはよくわかります。
    心を病んだ人がペットを飼って元気になる…なんてエピソードがわかりやすいかなと思います。

    あとは、結局やはり幼少期の家庭環境というものがとても大きい気がします。
    家庭環境というものがいかに子供のその後の人生に大きな影響を与えるか…今後親になる人にはそのあたりをよく理解してほしいです。
    2018年09月14日 13:49